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single stories(大人向)

読切◆忘れえぬ

「女性に対する暴力、体罰描写あり」注意 ほんのりインモラル
 ひといきれに疲れ、小部屋の窓の窪みに座って窓を少し開けた。
 涼しい夜の風を感じてほっと息をつく。

 伯爵家の遠縁の貧乏青年だった頃にお情けで招かれたパーティは、着飾った出席者たちから壁際に置かれたみすぼらしい椅子程度に一瞥され、一食分の食費が浮いたことをありがたがって終わるものだった。
 状況が一転したのはつい最近だ。先代のマスキュライン伯爵が亡くなり跡継ぎと見做されていた甥が殺人の罪で捕らえられ、独身で三十代で見た目には明らかな問題がない遠縁の男が爵位を継ぐと知れたとたん、等間隔に立つ寄せ子のような女性に囲まれ、じりじりと距離を詰められる狩りの獲物になっていた戸惑いを何と表現すればいいか。鍋の縁から眺めていたはずが、中に落ちてぐるぐると回され煮込まれている芋のような気分だとでも言えばいいか。

 ――居場所を知られたくないと、暗がりにいたのが悪かったらしい。
 庭からやってきた男がベランダ側の窓を開け、足音高く部屋に入ってきた。男に腕をつかまれた女性が引きずられるように後に続いた。

 こちらが先客だと知らせる暇もなく男がわめきだした。
「婚約者に口づけされるのがそんなに嫌かっ」
「……」
 何を言っているかは聞き取れなかったが、女性は小声で謝っているようだった。
「しおれた顔で苦行のように目を閉じた、生きた死体のような女を抱いて男が楽しいと思うのかっ」
「……」
「家族のために身体を売るなら、もっと客を楽しませる努力をしろ!」
「……」

 怒鳴りつける男の足元に座り込んだ女性が、うつむいたまま男に詫びる。
 気分の悪い話だ。おそらくは金のために不本意な婚約を受け入れた女性なのだろう。半年前まで同じように金のため不本意な仕事に就いていた身として、言い返すこともできない彼女のつらさはよくわかる。
 しかし今ここで私が出ていけば、恥をかいた男の怒りはおそらく彼女にぶつけられる。罵声を浴びせられているとはいえ、彼女がそれに耐えるつもりなら余計なお世話、仲裁は私の自己満足にしかならない。弱い立場にいる人間にとって、気まぐれに差し伸べられた手は一本の藁ほどの救いにもならないのだ。
 そう――自分に言い聞かせていたのだが。
 次の瞬間、男が片足を上げて女性の肩を蹴りつけた。
 女性は宙に飛ばされ絨毯を滑り壁にぶつかって止まった。糸が切れた首飾りの玉があたりに散らばる。

 気付いたら出窓から飛び降りて怒鳴っていた。
「おいっ!」
 男は文字通り飛び上がった。物陰で女子供を殴るような奴は臆病者と相場が決まっている。腹の底からわきあがる怒りに突き動かされて一瞬で男の横に立っていた。
「何しやがるんだこのクソ野郎っ!」
 爵位の鍍金が剥げ地金の啖呵が口から飛び出した。
 ガラの悪い男にいきなり怒鳴られ、ネコに見つかったネズミのように硬直した男は何を思ったのか、次の瞬間私を迂回しさっき入ってきた窓に向かって突進した。ばあん、と物凄い音をたてて窓にぶつかり、一瞬よろけたもののそのまま逃げていく。

 はっと我に返って遠ざかる男の姿から壁際に目を転じると、結い上げた髪を乱し横たわる女性が私を見上げて言った。
「――イオネル先生?」

 その呼びかけに、思い出が濁流のように流れ出した。

 ジョージアナ様、当時は彼女をそう呼んでいた。

 つい半年前までの私は、貴族の次男に生まれた祖父から教わった少しばかりの教養を売りに、家庭教師として貴族の屋敷で使われる身分だった。
 六年前、子爵家の継嗣ヒューゴーの家庭教師として雇われていた私が、ヒューゴーの姉ジョージアナに「一緒に勉強しないか」と声をかけて誘ったのはヒューゴーの家庭教師を始めて一か月ほど過ぎたころだっただろうか。それまでも同じ子供部屋で編み物をしたり刺繍をしたりしながら、ヒューゴーが答えに詰まるとさりげなくヒントを出して助けてあげる優しい姉という印象だったが、実は自分も勉強がしたくて授業に耳を傾けていたのだと後になって彼女は告白してきた。
 ジョージアナという名前は男児を待ち望んだ父親の未練からつけられたというが、期待通り男に生まれていれば優秀な跡継ぎになっただろう。彼女は頭の回転が速く熱心な生徒だった。良くも悪くも平均的男児であるヒューゴーは勉強の成果で姉に大きく水をあけられた。

 嫡男であるヒューゴーは、家庭教師がつき勉強ができる環境を当たり前のものと受け止めていた。当然勉強への意欲は低く、よく怠けては罰を受けた。
「宿題の書き取りをしなかった分、罰を受けなくてはいけません」
 私がそう告げると、ヒューゴーはたいして嫌がりもせず机に手をついて尻を突き出した。
 子供を叩くのだからと手加減はしたが、全く痛くなければ罰にもならないのである程度は本気で尻を打った。私が祖父から叩かれたときと同じ平手で、鞭や棒は使わなかったが、叩かれた後は毎回ヒューゴーは椅子に座る時おおげさに痛がってみせた。
 ある時、ヒューゴーは不満をもらした。
「イオネル先生、ジョージアナが間違えた時はお尻を叩かないのにどうして僕ばかり叩くの?」
「間違いは怠けるのとは違います」
 私はヒューゴーの愚痴に取り合わなかったが、彼は自分ばかり叩かれることにずっと不公平感を抱いていたようだ。

 だから姉が宿題を忘れたと聞いた時、ヒューゴーは声を上げて喜んだ。
「先生、ジョージアナもお尻を叩かれるんだよね!」
 私は困って彼女を見た。真面目なジョージアナが宿題を怠けるはずはない、忘れただけだろうとは分かっている。しかし罰は平等に与えなくてはいけない。
「先生、大丈夫です。ちゃんと罰をください」
 ジョージアナはいつものヒューゴーと同じように机に手を突き、尻を突き出した。
 打つ前にためらいがなかったとは言わない。
「イオネル先生?」
 来るはずの平手打ちがいつまでも来ないのをいぶかしんだのだろう。ジョージアナが身体をひねって後ろを振り返り、私を呼んだ。
「あ……ああ」

 その時の平手打ちは、やましさの反動のように強かったと思う。
 ジョージアナは声を上げずに耐えたが、一発ごとに背筋を反らし身体を震わせた。

 書き取りを忘れた単語の数、五回の罰を終えた私は冬だというのに汗ばんでいた。

「掛けてよろしい」
 ジョージアナは普段のしとやかさとは違う、ぎこちない動作で椅子に腰を下ろした。ヒューゴーは姉をからかいたがった、私はそれを無視して強引に授業を始めた。
 その日の授業は予定の倍の速度で進んだ。

 ジョージアナが罰を受けたのはこの時ただ一度だけだったが、私はこの時のことを長く忘れられず……記憶から蘇らせては同時に無理やりまた蓋をしようとした。

 女を叩く趣味などない、そう思っていた。
 なのに何故、尻を叩き、まだ髪も上げていないうなじを見て身体の一部に不都合なこわばりをおこしたのか。
 手に残る感触が忘れられなかった。忘れたかった。

 やがて子爵から「しばらく家族で外国に行くので他の働き口を探してくれ、紹介状は書く」と話があった時にはろくに交渉もせずに解雇を受け入れ、あの時のことは何かの間違いだと記憶の奥深くに閉じ込めたつもりでいた。

 ――目の前で蹴られたジョージアナに、改めて思う。
 やはり私には女を叩く趣味はないし、女を蹴る下種は心底憎い。

「今だれか人を呼んでくる」
「大丈夫です……騒ぎにしないで」
 蹴られた肩を反対の手で押さえたジョージアナが、気丈に言った。
 思ったままが口に出た。
「あんなことまでされて、婚約を続けなくてはいけないのか?」
「彼の家が、うちの負債を払ってくれるので」
 私を解雇した時より、子爵家の財政は更に悪くなっているらしい。
「それだけなら、他にもいるだろう。なにもあんな男でなくても」
「……耐えられると思ったから」
 ジョージアナがふと目を伏せた。
「あの時。イオネル先生に叩かれた時、嫌じゃなかったの。だから」

 心臓を握りつぶされた気がした。

「私のせいか」
「ちがっ」
「責任を取る。私があなたと結婚しよう」
「イオネル先生――伯爵がそんなに簡単に伴侶をお決めになっては」
「年が倍も離れた夫では嫌か」
「いいえ。いいえ、でも」

 他の男に蹴られ、髪と服を乱したジョージアナを見ても情欲はわかない。わくのは怒りだ。
 これが恋や愛かというと違う気がする。ただ、あの時の体罰に不埒な思いを抱いたことを償い、彼女を矯めた責任を果たさなければと思った。

 私はかつての雇い主である子爵の屋敷を訪れ、ジョージアナの婚約解消と新たな婚約の許可を願い出た。
 子爵は身分が逆転したことを面白くは思っていないようだが、負債の肩代わりに加えて毎年の援助を具体的な数字を挙げて約束すると、伯爵家と縁続きになるのもさほど悪くはないと上向きの機嫌で認めた。
 ヒューゴーは小さい頃のまま、良くも悪くも平均的な貴族青年に育っていた。姉の結婚相手として昔の家庭教師が現れたのを面白い冗談だと思ったようだ。姉が何に耐えて家族を守ろうとしていたのか理解しているかは疑わしい。
 こうして、ジョージアナの肩のあざが消える前に私たちは神の前で永遠を誓った。

 マスキュライン伯爵家本屋敷では夫婦の寝室は隣り合い、扉で行き来できるようになっている。
 婚礼の夜、その扉は大きく開け放たれていた。

 ジョージアナは初夜の床に横たわって待っていた。
 ベッドに上がり掛布をはぐと、ジョージアナは薄い白い寝間着をまとい、両手を胃の上で力いっぱい握りしめて震えていた。
 ……ジョージアナはあの男に生きた死体のような女と罵られていた。

「――ジョージアナ、あの下種に何をされた」
「……っ」
「答えて」
「く、口づけを、されました」
「こんな風に?」
 枕に片手をつき、上から覆いかぶさって唇を重ねる。何度か軽い口づけをした後、あごに手を添えて口を開かせた。
「それともこう?」
 ジョージアナの開いた口に舌を入れ、彼女の舌をつつく。舌で歯をなぞりながら横から入れた指で彼女の舌を撫でる。ジョージアナは喉から声を漏らして身じろぎする。
「ジョージアナ、返事は?」
「し、してない」
 彼女はまだ震えていた。
「こういうのは?」
 指で彼女の口を蹂躙しながら、唇を首筋に移し、寝間着の胸元のリボンを歯にくわえて緩め、肌に舌を這わせた。
 ジョージアナが首を左右に振りながら身もだえした。肌の温度が上がり、寝間着の奥からジョージアナの香りがたちあがった。
 我を忘れ、夢中で肌を吸っていた。
 ジョージアナの右肩には、薄暗がりでも見える青あざがあった。怒りを抑え、あざに触れないよう周りに口づけを落とすと、ジョージアナが小さなため息を漏らした。

 彼女の口から濡れた指を抜き、両手で寝間着の襟元を掴んで左右に大きく開いた。
 清楚な寝間着は高い音を立て半ば裂けた。
「やっ……」
 ようやくゆるんだジョージアナの両手を寝間着で絡めて枕の下に押し込むと、露わになった二つの膨らみが速い呼吸に合わせて揺れた。
「ここはあの下種に見られなかったのか」
 ジョージアナのためらいが伝わる。
 くそっ。あの男、殺してやろうか。
 私がよほど殺気だった顔をしたのか、ジョージアナが早口で答えた。
「服の上から、さ、触られただけ」
 最悪ではない、が。
 やはり気分は良くない。
「こう?」
 両手でひとつずつ膨らみを掴み、円を描くように柔らかく揉みしだいた。
「そんな風にはっ……されてない」
 ジョージアナが恥ずかしそうに目を逸らす。先端を指で転がすと、悲鳴のような嬌声が漏れた。
「こう?」
「ただっ……揉まれただけでっ」
「こんなことはされなかった?」
 果実のような膨らみを吸うと、ジョージアナはのけぞった。しかしそれは私の前に胸を突きだすことにしかならない。もう片方の先端を人差し指で転がしながら、果実の周りに舌で堀を巡らせた。
 呼吸を乱したジョージアナは、猟犬に押さえつけられた獲物のように腹を上にしたままひくひくと身じろぎするだけで逃げ出せない。
「ジョージアナ、返事は?」
「されて、ない」
 もうひとつの実に堀を巡らせ味見をしながら、へそまで覗いた寝間着のすき間に手を差し入れた。
 柔らかい毛の生えた場所を回り込むように指を進める。
「ここは? 人に触られるのは初めて?」
 ジョージアナが、言葉の代わりに何度も頷いてみせる。
「自分で触ったことは?」
「ひぐっ」
「返事を」
「ない……ぐっ」
 指先がぴったり閉じた足の付け根にもぐりこむたびに、ジョージアナが息を吸いこむ音がする。
 寝間着の残りを腰から裾まで裂いた。
「ジョージアナ、足を開いて」
「やっ……」
 両ひざに手を添えて開こうとするが、恥じらいからか私の手に逆らってジョージアナは膝に力を入れ開かせないようにした。
「恥ずかしい?」
 ジョージアナが何度も頷いた。
「私の言うことがきけない?」
 ジョージアナがゆっくりと目を開けた。

 破れた寝間着を私に取り上げられ、一糸まとわぬ姿のジョージアナがうつ伏せになり、身体を縮めて四つん這いになって尻を突きだした。
 彼女は吐息と一緒に小さな声を落とした。
「罰を、ください」

 白くなめらかで丸い、尻が突き出される。
 一発、軽い平手を張った。
 ジョージアナは身体を反らし、悲鳴を飲み込んだ。
「声を出して」
「はしたなっああっ」
 話している途中で叩いたので、飲み込む暇がなかったらしい。
「伯しゃ――イオネルせんせっ――ああっ――ああっ」
 弓のように背中を反らしながら、ジョージアナが啼く。
 じきにジョージアナの足の内側を、奥から湧きだした露がつうと伝い落ちる。

 あの時、子供部屋で子爵の娘をこんな声で啼かせたら、ぼろ布になるまで殴られ屋敷を放り出されていた。
 認めよう。家庭教師としては恥ずべきだが、あの時たしかに私とジョージアナはこの淫靡な快感を共有していた。

 宿題忘れの罰で、弟の見ている場で、叩かれて「嫌じゃなかった」というジョージアナが混乱したまま私以外の相手に身を任せなくて良かった。
 私に女を叩く趣味はないし、おそらくジョージアナも苦痛を快感に転じる性質というわけではない。
 ただ二人があの時、あの罰で、情欲を繋ぐ紐をお互いに堅結びしてしまった、そういうことだ。

 もう数発叩いたところで後ろから彼女の腰を抱き、仰向けにした。
「罰はおわりだ」
「もっと、ください、できます」
「違うものをやろう」
 膝に手をかけても、今度は抵抗されなかった。

 普段は隠されている場所がひらかれ、汗と露で湿った肌が光を反射した。
「力を抜いて」
 襞と襞の間に硬くなったものを押し当て、先端で露を塗り広げながら狭い場所に無理やり押し入っていく。少しなりと余裕ができるよう両手で抱えた足を揺すって入りやすい角度を探った。
 本当は無理やりでも、もっと早く押し込みたい。はやる気持ちを抑え歯を食いしばっていると額に汗が流れた。
「痛いか」
「ください、もっと」
 けなげな返事に彼女の奥へ進む分身が跳ねた。
 めちゃくちゃに犯してしまいたい。
「がまん、できます」
 次のひと突きで、行く手を阻んでいた膜の抵抗に分身が押し勝った。

 初めての身体をいつまでむさぼるつもりだと自分を叱責する声を頭の中で聞きながら、彼女の奥を繰り返し穿ち、彼女の唇を首を胸を肩を柔らかい腕の内側を吸い、跡をつけ、舌で味わう。
 初めは声を抑えようとしていた彼女が、いつしか抑制を忘れ細く高い声を上げ始めた。楽器のように彼女を弾き、奏で、長く啼かせることに夢中になった。
 何度も達しては彼女の中にだらだらと精を注ぎ込んだ。

 名残を惜しみながらジョージアナから分身を抜き、隣に横たわった。
「すまなかった。初めてだというのに」
 首を横に振り寄り添う彼女に腕を回し抱き寄せた。

 少しして彼女が言った。
「……イオネル先生」
「先生はもう」
 呼び方を改めるよう言いかけた私を目顔で止め、ジョージアナは続けた。
「ごめんなさい」
「何だい」
「あの時、宿題を忘れたの、わざとでした」
 えっ、と声を上げそうになった私にジョージアナが続けた。
「罰が――受けたくて」

 明るく日の差し込む子供部屋の景色がよみがえる。
 ジョージアナが私に向けた背中、叩くたび震える身体。
 年端のいかぬ少女がついた嘘にまんまと騙されて抱いた忘れえぬ思い。

「嘘をついた罰を受けなくては」
 あの頃のように淑やかに、肌を合わせた時のように甘やかに、彼女が答えた。
「はい。たくさん罰を、ください」

end.(2016/01/25)

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