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呪いがいっぱい◆1
※異類婚譚(×人外)風ですので苦手な方はご注意下さい
※作中に「合意はあるが愛はない」行為が登場しますので苦手な方はご注意下さい
その男は地面に横たわっていた。
その男に出会った時、娘はいつもと違う景色に驚いて辺りを見回していたところだった。空を見て、森を見て、最後に地面を見下ろしたところで、枯れ葉に埋もれるように横たわる男に気付いた。
「あんた、何やってるの」
最初にかけた一言で男が目を開け、こちらをちらりと眺めた。
「そろそろ日が落ちるわよ。地面は冷えるでしょう」
「こうしていると、心が休まるのです」
そう答えて、男はまた目を閉じた。
「変わった人ね。もしかしておなかが空いて起きられないの? パン食べる?」
娘は頭から体をおおう布の下から片手を差し出した。その手には丸いパンがあった。
「ほら、焼きたてを買ってきたからまだ暖かいわよ。遠慮しないで食べなさい。食べたら元気が出るわよ」
男はのろのろと地面から身を起こした。娘はちゅうちょせず男の隣に腰を下ろした。
「ここにあったクルミの木、なくなっちゃったのね」
娘は木々の間にぽっかりと現れた夕暮れの空を仰ぎ見た。男は無言でパンをかじっていた。娘は地面を捜して、落ちていたクルミをひとつ拾うと手の中で割った。
「おいしい実を落としてくれたのに、残念。根まで掘り起こしてもっていくなんてずいぶんな欲張りが持っていったのね。魔法使いが気に入って、自分の庭に持っていっちゃったのかしら」
「違います」
男が短く言った。出会ってからまだ二言目だ。ずいぶん無口な男だ。娘をうとんでわざと口をきかないという様子でもないので、それはそういうものとして娘は気にしなかった。
「呪いをかけられたのです」
「そうなの。珍しい話じゃないけど、可哀想にね」
「そう思ってくれますか?」
男がはじめて娘の顔を正面から見た。男の瞳は青いクルミのようにどこかひんやりとした緑色をしていた。
「私がその、クルミの木なのです」
娘は黙って男を見返した。人が動物に変えられたり、体の一部、たとえば頭だけをロバに変えられたり、そういうことはここでは珍しくない。しかし木を人に変えるとは、ずいぶんと力の強い魔法使いがかけた呪いらしい。娘はとまどうことも、疑うこともせず、にっこりと笑って言った。
「いつもクルミの実をありがとう。美味しくごちそうになってます」
「どう……いたしまして」
男がぎこちなく答えた。顔が少し赤くなっていた。
娘は森を抜けた先にある、自分の小屋へ男を連れて帰った。元が木だとしてもここで寝ていては風邪をひく、ここで会ったのも何かの縁だからと男を説得した。
「夜の間にお客が来るかもしれないから、台所で寝てもらわなくちゃいけないけど」
そう言って娘が台所の壁につけたベンチの上に毛布を敷いた。男はとても美味しそうに、喉を鳴らして水を飲んでいた。
「お水、美味しい?」
娘がにこにこして聞いた。男は頷いた。
「水が音を立てて体をめぐるのが分かります」
「それは血の音よ。ほら、私のも」
そう言って娘は男の横に立ち、男の耳を自分の胸に当てた。男の耳に、とくとくという音とかすかな鼓動が伝わってきた。
「人も、水が流れるのですね」
感心したような男の言葉に、娘が声を立てて笑った。
「そうだ。前に拾ったクルミの実があったんだ」
娘が戸棚から壺を取り出した。中から二つ三つクルミを握りだした。
「冬の夜に暖炉の前でクルミを割って食べるのって、すごく幸せなの。あんたのおかげよ」
その時、玄関の扉を叩く音がした。
「来たみたい。お客が帰るまでは絶対に台所から出ないで。何か聞こえても気にしないで」
男にそう言い置いて、娘は台所の戸を閉め、念のために外から鍵をかけた。
「いらっしゃい。前金よ」
娘の言葉に、客は大事に握り締めてきた銅貨を差し出した。
「あっ……あっ……あんたすごいわ……いいっ……いいわっ……もっとっ……あん、あん、あんっ……すごいっ……」
気にしないで、と言われても途切れ途切れに聞こえてくる声を男は無視できなかった。最初は何事かと驚いて戸の前まで来たものの、娘が困っているようすでもなかったのでそのまま男は台所の戸に背をつけて座り込んだ。そしていつのまにか全身を耳にして鼻にかかった娘の声と、時折混じる客のうなり声を聞いていた。
男の手は無意識に、ズボンの中で起き上がってきたものをまさぐっていた。娘の声にあわせて片手を動かすと後頭部にとろけるような快感があった。開いた口から荒い息を吐きながら自分を慰めていた男は、娘の高らかな悲鳴と共に精を放った。
どのくらいの間、そのまま呆けていたのだろう。体を預けた戸がいきなり開いて、男は手を下ばきの中に入れたままの状態で振り向いた。
「あら、あんたもそういうことするの」
娘の言葉にも、男はまだ呆けたままだった。
「あんたもあたしとしたい?」
娘のてらいのない誘いに、男は無言で頷いた。
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