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助走のおわり 1
着地のまえ

助走のおわり◆2

4.
 二軒目で少し飲んで、達也と一緒に電車に乗った。元々私と達也が親しくなったのは、同じ沿線に住んでて帰りによく一緒になったのがきっかけだ。終電が早い以外は住みやすい地域なので、学生時代よりセキュリティのしっかりした部屋に移ったものの相変わらず同じ地域に住み続けている。達也が転勤になったら、こうやって一緒に帰ることもなくなるんだなとふと思った。
「今日はごちそうさま」
「こっちこそ突然誘ったのに来てくれてありがとうな」
「なーに言ってるのよ」
「もう一軒くらい行きたいけどな、本当は」
「じゃうち来る?」
 学生時代のノリでつい誘ったら、達也がものすごく驚いた顔をした。
「いいのか?」
「いいよ、明日休みだし。突然家に来るような彼氏も今はいないし」
 なんだか別れがたかった。達也はまだ元気ないし、辞令が出たらばたばたと引越しになってじっくりお別れ会をするような暇はなくなるだろうから、もう少しじっくり飲んで語りたかった。達也は二人きりでもそういう雰囲気になるような相手じゃないし。
 
 と思ったのは半分だけ正しくて、半分は間違っていた。リビングに案内して、チーズと缶ビールを並べて隣に座ったとたんの出来事だった。 
「わっ」
 抱きついてきた達也に驚いて、色気のない声をあげてそのまま一緒に床に倒れた。達也と二人でもそういう雰囲気にはならない、そこは正しかった。しかしそういう雰囲気にはならなくても、ことは起こった。
「重いからやめろー」
 そう言ってみたものの、久しぶりの男の重みがなんだか懐かしかった。達也はそのまま何をするでもなかった。かといって酔って寝込んでるんじゃないことは、腕で調整された重みで分かってる。本気で乗られたらこんな重さじゃないことが分かるくらいには私にも経験がある。
「なに、体で慰めてほしいの?」
「慰めてくれよ」
「しょうがないなぁ」
 失恋して違う女を押し倒すような情けない男にほだされる自分も相当のお人よしだと思う。でもなんだかその情けなさが達也らしくて可愛くなってしまった。私の耳の横で、達也がそっと息を吐いた。
 
5.
 行為ははじめすごく丁寧に進んだ。私も達也も意味のある言葉を発しなかったけど、抱き合っていれば伝わることにわざわざ言葉は必要なかった。達也が一度だけそのルールを破った。
「本当にいいのか?」
 達也が言わずもがなな動詞を省略して訊いてきた。
「いいよ」
 むしろ、ここでやめられたら困るよ。そう思いつつ目を閉じて達也の準備を待った。ちらっと『アレは振られた彼女とするために用意したんだろうな』と頭に浮かびはしたものの、準備のできた達也が入ってきた瞬間から他の事がぶっとんでしまった。体の奥に杭を打ち込まれ、頭の芯がしびれた。
 
 ごめんなさい、ごめんなさい、売りのない男なんて思ってごめんなさい。すごくいいです。
 
 心の中で達也に謝りながらも意味のある言葉は喋れず、ただ切れ切れに声を上げた。私も片手くらいの男とは経験を積んでる。達也のことを良くも悪くも平均的男子なんて思ってたのは大きな間違いだった。……でも売りがこれじゃなかなかアピールできないよなぁ。そう思って途中でにやけてしまったが、達也は眉を寄せて目を閉じていたから気付かれなかったみたいだ。
 直前までの丁寧さはどこかへ忘れ去られていた。熱を帯びはじめた私の体に達也が一層激しく迫り、やがて私は体を震わせた。少し遅れて、私の体の中で動き続けたものもおとなしくなった。私のこめかみに浮かんだ汗を達也が舐めたときに、子宮が疼くという表現の正確さを知った。ああ、私、この人の――。
 
6.
「何だよ、にやにやして」
「ねえ、もっとしようよ」
「……いいのか?」
「まだできるでしょ」
「まって、付け直す」
 ベッドに取り残された心細さは、すぐに達也がまた埋めてくれた。私の中の欠けた部分も、すぐまた存分に満たされた。満たされたもののまたすぐに私はもっととせがんだ。達也は本当にいいのかと訊きかえしはしたが無理とは言わなかった。とうとう達也の持っていたアレがなくなってうちにあった消費期限ギリギリのまで出してくることになった。
「ごめんね。これじゃきついと思うけど」
 笑ってそれを差し出すと達也が赤くなった。どうしよう。達也が可愛くてたまらない。
 行為の最中に交わしたキスとは違ってただ純粋に達也とキスがしたくて、達也に顔を近づけた。こんなに何度も抱き合った後で、やっと私達は付き合いはじめに交わすようなキスをした。でも結局それじゃ我慢できなくなって不純なキスになり、またベッドへ戻ることになった。
 
「はーっ」
 とうとう達也が脱力してベッドに崩れた。
「もう無理、さすがに」
「私も」
 夜もずいぶんふけていた。とっくに酔いも醒めていた。隣に寝た達也に腕を回され抱き寄せられた。
「朝子、ありがとう。元気になった」
「ほんとに元気だったよね」
 そう言ってにやにやした。こういうことは普通に好きな方だと思う。でもそのために好きでもない男を誘ったり自分でするのは好きじゃないから、彼氏がいないとする機会がなくてここしばらくご無沙汰だった。その分の補正を差し引いても、今日のは回数も内容もスペシャルだった。
 
7.
「もっともっとって言われたの嬉しかったな。俺、抱き方がしつこいって言われたことあって結構気にしてたんだ」
「えっ? うそ。最高だよ」
 私がそう言うと、達也が急に私の手を握った。
「あのさ、俺、できる男じゃないけど……その。駄目かな」
 達也がためらいながらそう言った。私もためらいながら答えた。
「……転勤についてこいってこと?」
「朝子となら離れてても大丈夫な気がするんだ。いや、もちろん一緒の方がいいんだけど単身赴任でもいいから朝子が……いや、何ていうか俺」
 さっきまで達也を受け入れていた場所に、達也がためらいもなく触れた。
「朝子にはまった」
 もっと違う言い方があるでしょうに。
「……馬鹿達也」
 出た声がやたらと色っぽいから自分でも驚いた。
「そうだよ、馬鹿だよ。知ってるだろ、付き合い長いんだから。あきらめてくれよ」
「ちょっと、なに開き直ってるのよ」
 
 踏み切りのきっかけってこんな簡単なことでよかったんだ。簡単で、でもスペシャルなことで。――この人の子どもを生みたい、そう思った時に私は助走のおわりを悟っていた。
 合わないところが色々あるのも知ってる。でも、これだけ長く友達でいたんだからお互いどこが合わないかもよく分かってる。家事の分担とか単身赴任かどうかとかの話し合いも必要だけど、話し合いで変えられない大事なことがこれだけ合ってるなら、もう達也でいいんじゃないかな。達也でいい。ううん、達也がいい。
 
エピローグ
 そして。飛び込んでみたら結婚は達也の幻想とも、私が現実だと思っていた幻想とも違っていた。意外なことに達也は(出来はさておき)家事もそこそここなす男だった。仕上がりのクオリティについてはこれからまだまだお互いの妥協点を見出していかなくちゃいけないけど。
 
 ドアを開けると暗い外廊下に明かりが溢れた。週末婚状態の私達は、今週は達也の単身赴任先で過ごすことになっていた。
「ごめんなさい、お夕飯失敗しちゃったの」
 エプロンをしてしなをつくった達也を指差して、私は涙が出るまで笑った。
「ごめんな。先に風呂入っててくれたら何か食うもん買ってくるよ」
「ううん。まず達也にする」
 
end.(2009/12/18) 後日譚「着地のまえ」アップ(2010/02/07)
※おまけ「胃痛の原因とその治療」とのクロスオーバー→「始業15分前」

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