TOP(全作品) S/S恋愛濃度別 F&I時系列 BLOG ABOUT
ソロモンの指環番外編
050◆クローバーの指環(直接ジャンプ  ) シリーズ目次
(現代・日本・20代男×10代女/原稿用紙17枚)
「ソロモンの指環【R15】読了後の閲覧を推奨します。
 
【 1 】
 
「いらっしゃいませ。今日はどういったものをお探しですか」
 デパートの高級品フロア、ジュエリーコーナーの店員は、ほとんど化粧もしていない真知と整った容貌の夏野をさっと見比べ、夏野に向かって声をかけてきた。
「シルバーの指環を……彼女に」
 夏野がそう口にした。真知は驚いて隣に立つ夏野の横顔を見上げた。上のフロアのシネマコンプレックスで映画を見た後、ちょっといいかと言われててこの階で降り、夏野の後をついてきただけだった。もちろん真知から指環が欲しいとねだったりしたことはない。――ジュエリーコーナーに近づくにつれほんの少し期待したことは確かだが。
 店員は高い声をあげた。
「お誕生日か、何かの記念でしょうか」
「誕生日に」
 夏野が自分の誕生日を知っていたことも真知にとっては驚きだった。もちろん職業柄、真知の個人情報を知る機会はあった筈だが、夏野がそんな公私混同をするのは意外だった。
「そうですね、シルバーですと最近人気のあるのはこういったタイプになります。六月の誕生石、パールを使ったものはこちらにございます。これはシルバーではなくホワイトゴールドになりますが、若い方に人気のあるデザインです」
 ビロードを敷いた盆の上に、次々と指環が並べられた。大きな鏡が真知の前に置かれた。
「真知、どれがいい?」
「……欧士さんは?」
 真知は不安そうな顔で夏野を見上げた。目の前に並んだ指環に結ばれたタグに書かれた値段は、普段友達と見るアクセサリーよりもゼロの数が多かった。一番安そうなものを選んだら夏野に失礼だろうか。でもあまり高いと夏野に無理をさせて、また食事を抜いたりするのではないかと心配だった。
「こういうもののことはよく分からないから、真知が気に入った指環でいい」
「見ているだけではなかなか分かりませんから、どうぞはめてご覧ください」
 二人に促されても、真知はまだショーケースの端に両手を載せて、目の前に並んだリングをただ眺めるだけだった。
「お客さま、サイズはお分かりですか?」
「いえ」
「お客さまですとおそらく8号くらいで宜しいかと思いますが、細めでいらっしゃるから、気に入ったものがあればサイズ直しをなさるかオーダーなさるか、どちらにしても早目にご用意された方がいいですね。まずサイズをお測りしましょう」
 店員が銀色の棒のようなものを取り出した。そこにはすこしずつ大きくなる輪が連なっていた。店員が真知に促した。
「お手をどうぞ」
 真知がおずおずと右手を差し出した。
「最近は男性から頂いた指環は左の薬指にされる方も多いんですよ?」
 真知はびくりと身を震わせて手を引いた。
 真知の両手はショーケースの端に戻っていた。そのまま動かない真知の手に三人の視線が集まった。気まずい空気がその場を覆った。
 最初に口を開いたのは夏野だった。
「気が乗らないならやめよう」
「せっ……欧士さん」
 夏野は真知の呼びかけに答える代わりに、店員に向かって言った。
「色々出して頂いたのに申し訳ありません」
 そして真知の肩を押すようにして売り場を離れた。
 
「すまない。気まずい思いをさせた」
「違います、違うの」
「ゆっくり考えてもらって構わないと言っておいて、いきなりあんなものを押し付けられても迷惑だったな」
「……そんなんじゃ、ないんです」
 真知が通路に立ち止まってうつむいた。真知のワンピースの裾に涙が落ちた。
「泣かないでくれ」
 夏野が困り果てたような声を出した。やっとこうして日の下で会えるようになったというのに、相手についてはお互いにまだわからないことだらけだった。
 
 階下に向かうエレベーターは混雑していた。傍に立った真知の肩を、夏野が無言で抱き寄せた。狭い箱の中で夏野に体を預けていた真知は、回された腕に促されてエレベーターを降りた。
 夏野が向かったのはデパートの中二階に緑化のため作られたハーブガーデンだった。
 
 春の初めに戻ったような肌寒い日だった。灰色がかったローズマリーや、素朴なカモミールが咲いた花壇の間を歩く内に、真知の気持ちはゆっくりとほぐれてきた。
「自分でもおかしいって思ってるんですけど」
 長い沈黙の後で真知はようやくそう口を切った。
「小さい頃からここはずっと、婚約までは指環をはめないでいようって思ってたんです」
 そう言って自分の左手の薬指を右手で指した。
「左手にって勧められてるのに、右手を出すのは欧士さんと……そういう関係じゃないみたいだし、でも左手に色んな指環を試しにはめてみるのには抵抗があって。身につけるものなんだから先にサイズを測ったり、どれが似合うか試したり、ちゃんとそうやって合わせなくちゃいけないってことは分かってるんですけど」
 しおれた様子の真知がそう続けた。夏野は無言だった。
「ごめんなさい。子どもみたいな真似をして先生に恥をかかせて」
 また涙が出そうになった真知は、そこで言葉を切って目を伏せた。夏野が、静かに言った。
「よく分からないからと任せっ放しにした俺が悪かった。もっときちんと捜そう。寸法は……指環以外でも測れる筈だ」
 真知はうるんだ目を上げて夏野を見た。
「大丈夫……でしょうか」
「正確な測定は実験の基本だ」
 答えた夏野の真面目な顔を見たら何だか急におかしくなって、真知はくすくすと笑い出した。夏野は少し困ったような顔をしたが、やがて真知の笑顔につられるようにゆっくりと微笑を浮かべた。
 
 二週間ほど経って、夏野から真知に電話があった。
「知り合いにジュエリーショップを紹介してもらった。よければ週末に行ってみないか」
「はい」
 
「クローバーの指輪・2」へ
050◆クローバーの指環(直接ジャンプ  ) シリーズ目次
TOP(全作品) S/S恋愛濃度別 F&I時系列 BLOG ABOUT

Copyright © P Is for Page, All Rights Reserved. 転載・配布・改変・剽窃・盗用禁止
小説本文・説明文・ログを含めたサイト内全文章(引用箇所以外)の著作権はページのPに帰属します

inserted by FC2 system