TOP(全作品) S/S恋愛濃度別 F&I時系列 BLOG ABOUT
049◆魔法使いの弟子リターンズ(直接ジャンプ ) シリーズ目次
(現代・日本・20代男×年齢不詳女/原稿用紙38枚)
※同じ主人公の他の作品はシリーズ目次からご覧下さい(2011/05/14)
 
2 → 
【 1 】
 
「秘密恋愛っていうのも、素敵よね」
 隣を歩く恋人が、携帯電話のディスプレイに向かってそうつぶやいた。
 
 鈴木が怯えた顔で恋人を見つめたのも無理はない。彼女はいつもマイペースだ。マイペースというか無計画というか行き当たりばったりというか、とにかくそういう女性だ。彼女の行動をどう表現しようとも、その基本にあるのが優れた決断力であることは間違いなかった。
 そして彼女の唐突な(周囲にとっては)つぶやきは、たいてい何かを決断した時にもらすものだということを、彼女の恋人として一年を過ごした鈴木はもう知っていた。
 
「あのう、祥子さん。それはどういう前振り?」
「あら、前振りってことじゃないんだけど」
 顔を上げた彼女は、屈託のない微笑みを鈴木に向けた。
「また貴社のお仕事をご紹介頂いたのでお受けしようと思って。来月から一ヶ月よろしくね、鈴木さん」
 それが二人にとって良い知らせなのか悪い知らせなのかは、鈴木も判断に迷うところだった。
 
* * *
 
 背後で一年前と同じ軽やかなキーストローク音が響く。『派遣の三島さん』が紡ぎだすその音は一定のペースを保って途切れない。
 一度意識がそちらに向くと、背後の存在が気になって仕事に集中できない。
 
 鈴木は書き損じた葉書の三枚目を引き出しにしまって、席を立った。
「三事に、カタログ貰いに行ってきます」
 第三事業部、通称三事に特に今たちまち必要なカタログがあるわけではないが、鈴木の方には今たちまち席を外す必要があった。行き先が三事なのは三島さん、葉書三枚、ときた三繋がりだ。
「行ってらっしゃい」
 背中合わせに座っていた三島祥子が手を止めてこちらに笑顔を向けていた。
「はい、行ってきます」
 鈴木はなんだか出かける前の夫婦みたいだなと思い、とたんに熱を帯びた頬を自分のてのひらでこすった。
 
 廊下に出てから鈴木は一人つぶやいた。
「不倫とかしてる人、マジで尊敬する」
 
 倫理にもとる行いとして不倫という言葉が使われるわけで、それを尊敬するというのはいかがなものかと、と誰かに聞きとがめられそうなつぶやきだったが、鈴木は真剣だった。
 未婚の恋人との将来の結婚も見据えた真剣な交際を、彼女の派遣契約のために公にしないというだけでこれだけ肩に力が入ってしまうのだ。(派遣先の社員との交際が禁止されているわけではないらしいが、公にしてもあまり得にならないことくらいは鈴木にも想像がついた)これがもし不倫だったりしたら、鈴木は今の百倍は不自然な態度をとって周囲にばれまくる自信があった。
 恋人が同じ職場にいるのは嬉しい。嬉しいが、困る。
 
 三事で貰ってきたカタログを営業部共用のカタログ棚に補充して空手で席に戻った鈴木は、三島の上司、大野課長が名刺入れを手に立ち上がるのを見かけ、何の気なしに低いキャビネットで仕切られた通路の向こう側を振り向いた。
 
 そこに立っていたのは、雑然としたオフィスには場違いな、嫌味なほどのいい男だった。
 
 見るからに既製品ではないと分かる上等なスーツ、外国人のようなピンクのワイシャツ、それが似合う長身とシャープな容貌。全身からできる男オーラが放出されている。鈴木のアシスタントの高野も来客を見つめたまま手が止まっていた。フロアのそこここにミーアキャットのように立ちつくす女性の姿があった。
 鈴木はふと気になって背後を振り返ってみた。『派遣の三島さん』が背中を向けたまま同じペースで入力を続けていることにほっとして、次の瞬間に気付いた。こんなことでほっとしても意味ない。あのいい男は大野課長のところの客じゃないか。このフロアの誰よりもあの客に近づく可能性があるのは祥子さんじゃないか。
 大野課長は通路で名刺交換をして、そのまま来客を自分の席に案内してきた。二人の姿をフロア中の女性(ただし三島さんを除く)の視線が追った。
 大野の後をついてきた来客の足が急に鈴木の後ろで止まった。
「祥子。何でお前がこんなところにいるんだよ」
 最初の呼びかけで、鈴木の右足が勝手に痙攣し、机の下で蹴られたファイルが鈍い音をたてた。ほぼ同時に、鈴木の背後で途切れずに続いていたキーストローク音も止まった。
「あら、りゅうじんさん。お久しぶりです」
 祥子はいつもどおりの口調で、にこやかに答えた。鈴木は思わず椅子ごと後ろを振り向いていた。もっとも隣の席のアシスタント、高野優子は最初の呼びかけで後ろを向いていたから、鈴木は出遅れた感があった。
 大野が知り合いらしい二人に向かって言った。
「お知り合いでしたか」
「元上司です」
「元部下です」
 二人の返事が重なった。そのタイミングのよさに、鈴木は何故かいらっとした。
 
2 → 
 
049◆魔法使いの弟子リターンズ(直接ジャンプ ) シリーズ目次
TOP(全作品) S/S恋愛濃度別 F&I時系列 BLOG ABOUT

Copyright © P Is for Page, All Rights Reserved. 転載・配布・改変・剽窃・盗用禁止
小説本文・説明文・ログを含めたサイト内全文章(引用箇所以外)の著作権はページのPに帰属します

inserted by FC2 system