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041◆呪いがいっぱい(直接ジャンプ) シリーズ目次
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【4】
 アンブロワーズとヴィが再び森に現れたのは、次の夏の終わりのことだった。
 
 勝手知ったる森の中を迷いのない足取りで先に立つヴィに少し遅れたアンブロワーズが、背後からヴィに問いかけた。
 
「そうしなければいけないのですか?」
「だって約束したもの。あんただって約束は守るべきだって言ってたじゃないの」
「約束によります。……それくらい魔法で何とかすればいいじゃないですか」
 アンブロワーズは最後のところを横を向いてつぶやいたが、ヴィはそれを聞きとがめて後ろを振り向いた。
「あらー、あの人がそんなことに魔法を使うわけないじゃない。魔法使いは、自分のために魔法を使ったりしないのよ。金にならないじゃないの。本当にあんた魔法使いのこと何にも知らないのね。そんなんだから、間抜けな呪いをかけられるんだわ」
「あまりな言い草です」
「だってそうじゃない。あたしは木が人になる呪いだと思ったからあんたの代わりに呪いをうけてもいいと思ったのに、それが本当は自分を木だと思い込む呪いだったなんてね。間抜けすぎるわよ。おかげであたしは赤子みたいにあんたに手取り足取り身のまわりのことをしてもらいながら、半年もうすぼんやりと過ごしてたのよ。――まああたしの世話ではあんたも色々楽しんだと思うけどね」
 ヴィは意味ありげにアンブロワーズを眺め、いろいろと思い当たる節のある彼をひどく赤面させた。
 
 二人がこの森を出てから旅した五つ目の国で、アンブロワーズは怪我をした犬を助けた。後からそれが実は呪いをかけられた王子だったと分かった。王子が戻ってきたことを心から喜んだ王に、褒美に何でも好きなものを取らそうといわれてアンブロワーズが迷わず口にした願いは、王子の呪いを解いた王室付きの魔法使いにヴィの呪いも解いてもらいたいというものだった。
 
 呪いを解かれたとたん、ヴィは本来の自分を取り戻した。
「ノア、あんたの呪いが解けて本当によかったわ! それに今日まで何から何まで本当に世話になったわね! 王子様もありがとね、あんたがあんなとこにいてくれたおかげで、あたしの呪いまで解いてもらっちゃってあたしってばほんと運がよかったわ。お礼にあんたが今まで味わったことのないようないい思いさせてあげる。特別サービスよ」
 
 ヴィの申し出は王子にとっては非常に魅力的なものだったが、当然ながら王子の周囲からは歓迎されなかった。ついさっき「いつまででも城に滞在していい」と言ってくれた家政長官から、いきなり「行きたいところがあるなら送っていく」などと言われたアンブロワーズは、力づくで放り出されないうちに速やかにヴィを連れてこの国を出て行くことにした。 
 国境を出るまで見送ってくれた(戻ってこないように見張っていたともいう)衛士たちに別れを告げたのがちょうど半年前。それからアンブロワーズとヴィは来た道をたどって、とうとう懐かしい森へと戻ってきた。二人が森を出てからほぼ一年が過ぎていた。行きの、路銀を稼ぎながらのあてのない旅と同じだけ帰り道にかかったのは、行きに世話になった人々に再会して礼をしたのもあったし、長い旅が初めてだというヴィが物見遊山を楽しんだからだった。アンブロワーズが望んだ褒美はヴィの呪いを解いてもらうことだけだったが、家政長官は追い銭とばかりに二人が見たこともないような額の報酬を寄越したので、二人は旅をたっぷりと楽しむことが出来た。
 
「とにかくまずは荷物を置いて」
 そう言いながら小屋の扉を開けようとしたヴィは、すんなりと開かない扉をがたがたとゆすぶった。
 と、いきなり扉が内側から開かれた。
「いらっしゃい、前金よ」
「あんたっ!?」 
「ヴィ姐さんっ!?」
 扉のこちらと向こうで、顔をあわせた二人の女が絶句した。
 
「いきなり姐さんがいなくなって、みんなすごく心配したんだよ。どこかへかどかわされていったんじゃないかとか、あの情夫に殺されて――ごめんね、あんた、こんなこと言って――森の奥に埋められてるんじゃないかとかさ」
 とにかく中へと小屋に通されたヴィとアンブロワーズに、娼婦仲間で妹分だったココが矢継ぎ早にまくしたてた。
「心配かけて悪かったわね。急に間抜けな呪いにかかっちゃって、この人と旅に出てたのよ」
「もういいの?」
「それはすっかり解けたのよ。それより他の皆は? 元気?」
 ヴィはそうして娼婦仲間の近況や最近の町の様子などを、あれこれとココに問いかけた。ヴィがだいたい訊き終わったところで、ココがもじもじしながら言い出した。
「ヴィ姐さん、あの――またここに住むんだよね」
 
 ヴィはココと、ココがわずかな私物を持ち込んだ小屋の中にさっと視線をめぐらせ、にこりと笑った。
「ううん。ここはこの人と二人で住むには手狭だし、冬はすきま風も入るから」
 ココがまるで難あり物件を売りつけようとする周旋屋のように、あわてて言った。
「もうすきま風は大丈夫だよ。魔法使いが風よけの呪いをかけてくれたんだ」
 
「へええ、魔法使いが? あのケチがよくそんなこと」
 驚いて言いかけたヴィが言葉を切ってにやりと笑った。
「あたしが急にいなくなってもお客は困らずに済んだみたいだね」
 ココが赤くなって目をそらした。仕事柄、色事の話であればどんなものでも赤くなるような神経は持ち合わせていないが、世話になっていた姐御の小屋に勝手に住み着いて結果的に客まで奪ってしまったことで、ヴィにどう思われているかココは心配でならなかった。
「そ、そのう。そういうつもりじゃなかったんだけど」
 言いよどむココに、ヴィが笑いかけた。
「あたしあの魔法使いにうんとサービスするって約束してたんだけど、あたしよりあんたがサービスした方が喜ぶかもね。あいつあたしには孕まずの呪いひとつタダでくれたことなかったんだ」
 
 ヴィは急に、ココとアンブロワーズが驚くような大声で言った。
「よしっ、じゃあこうしよう。あんたにここをあげて、あの魔法使いにあたしが約束してた特別サービスを代わってもらうよ。それでチャラにしよう」
 
 ココは嬉しさを隠しきれなかった。
「いいのっ、姐さん!?」
「うん。魔法使いにはそうやって言っておくから、あんたもそれでいいね。どっちみちこの人が家の中で剣を振り回しても棚が落ちないような家を捜すつもりだったのよ」
 ヴィはいかにも情夫に入れ込んでいる娼婦らしく、アンブロワーズに腕を絡めて言った。
 
 アンブロワーズは、ヴィが別れの挨拶をして二人で小屋を出るまで、一言も口をはさまなかった。もともと口数の多い方ではない。ヴィはさっさと先に立って二、三歩あるき、アンブロワーズを振り向いた。
「町まで戻ってうんと楽しめそうな宿をとりましょ。……何嬉しそうにしてんのよ」
 アンブロワーズは青クルミのような緑色の瞳に微笑みをうかべて、短く答えた。
「惚れ直しました」
「馬鹿ね」
 ヴィは珍しく頬に朱を上らせて、いっそう早足で歩き出した。
 
end.(2010/08/30)
web拍手 by FC2  →「間奏曲」アップ(2011/01/24)
 
あとがきその2。すべてハッピーエンドをうたう弊サイトでは【3】の終わり方じゃちょっと切なすぎかなーと思い、おまけの【4】を書きました。これで魔法使いもハッピーvまた何か思いついたら続きを書くかもしれません。→追記・更に続きアップしました。上のリンクよりどうぞ。 
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