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041◆呪いがいっぱい(直接ジャンプ) シリーズ目次
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【3】
 今度うんとサービスするわ、と耳元でささやいて、魔法使いから二つの瓶を受け取った娘は、来たときと同じように体を布に包みなおした。
 青い瓶の薬を呪いをかけられた相手に、赤い瓶の薬を呪いを移す相手に飲ませればいい。そう聞いたヴィは、魔法使いの家を出た道端で早々に赤い瓶の薬を飲み干していた。帰り道で万一落としでもしたらいけない。ヴィの決意にぶれはなかった。木が人に変わる呪いなら、自分がかぶっても別に構わないし。
 この世界は呪いがいっぱいだが、それはみな単純なものだった。木が人に変わる呪いが、人が木に変わる呪いに反転するような仕掛けができたのは、もっと時代が進んで魔法使いも人々もすれてからのことだ。
 
 ヴィは小屋の扉を開けた。ノアはまだ苦しそうに荒い呼吸をしていた。
「ノア、愛してるわ。短い間だったけど、あんたと暮らせて幸せだった。あんたのことは忘れない」
 ヴィの目からこぼれた涙が、ノアの頬を濡らした。
 
 ノアが薄目を開けた。
「ヴィ、泣いているのですか」
「ノア、薬をもらってきたの。飲んでちょうだい」
 ヴィは大事に持ち帰った青い瓶を取り出した。ノアが木に戻る前の、最後のキスをした。長い長いキスの間、体を動かせないノアは熱い舌だけを動かし、ヴィの舌とからめて水を混ぜた。
 ヴィが体を起こすと、追いかけるようにノアの舌が突き出された。ヴィは微笑んで青い瓶の蓋を開け、ノアの舌を伝わせるようにして薬を流し込んだ。
 
 世界がぐるりと回った。
 
 ノアは名前と記憶を取り戻した。
 
 ノアの本当の名前はアンブロワーズという。騎士として仕える主をまだ決めず、修行のため諸国を漫遊しているところだった。
 ヴィに出会ったあの日も旅の途中だった。木陰で休んでいたところで、魔法使いがアンブロワーズの休んでいたクルミの木をいきなり抜きさってしまった。
 ずっと人々に憩いを与えていたクルミの木を勝手に抜いてしまうとはどういう了見か、森の動物達もこのクルミの木の世話になっているのではないか、アンブロワーズはその魔法使いに正面から抗議した。
 
 彼にとっての不幸は、その相手が国で一、二を争う力のある魔法使いであり、根性の悪さでは国一番だったことだった。あっという間に魔法使いはアンブロワーズに呪いをかけていた。そんなに大事な木なら、お前が代わりになればいいと言って。
 その瞬間から、アンブロワーズは蜘蛛の巣にからめとられたように名前と記憶を失っていた。彼の頭に残っていたのは、自分がクルミの木だったという誤った記憶だけだった。
 
 鍛え抜かれた技までも同じように失ってあれほどあっさりと私刑にあってしまったが、修行の間には今よりもひどい状態に陥ったことは何度もあった。アンブロワーズは体を動かしてみて、骨はどこも折れていないことを確かめた。痛む場所が全て筋肉で、大切な内臓でないことも確認した。発熱は体のあちこちが腫れたためで、やがて引くだろう。
 
 アンブロワーズはベッドの端に座ったままのヴィにようやく目をやった。自分の身に起きた変化で頭が一杯になっていて、あれほど世話になったヴィのことを短い間とはいえ忘れていた自分を恥じた。
「ヴィ? さっきくれた薬は何なのですか。おかげで本当の自分を取り戻しました。感謝します」
「薬って? 私はただのクルミの木」
 
 アンブロワーズは驚きに口を開き、何が起きたのか悟った。ヴィは彼にかけられた呪いを我が身にひきとっていた。
「なんてことだ」
 ああ、でも、ヴィはなんとも愛らしかった。ヴィは娼婦生活で身につけた媚をも失っていた。少女のようなあどけない瞳で、アンブロワーズを見つめていた。
「魔法使いに呪いをかけられたのですね」
「魔法使いに呪いをかけられたの」
「私があなたを守ります。安心して下さい、ヴィ。水を飲みますか?」
「うん」
 自身をクルミの木だと信じるヴィが、嬉しそうに頷いた。アンブロワーズがヴィを抱きしめた。
「あんたって森の匂いがするわ」
 ヴィの言葉に、アンブロワーズが震えた。
「ヴィ、お互いの水を混ぜ合わせる方法を知っていますか?」
「教えて」
 アンブロワーズは無邪気に答えたヴィの服を脱がせ、自分の痛む体の上に乗せた。アンブロワーズはヴィの全てを知っていたが、ヴィは自分自身のことをまだ知らなかった。アンブロワーズに貫かれたヴィはすすり泣いた。そのヴィの腰を、アンブロワーズが容赦なくつかんでゆすぶった。ヴィは技巧の全てを失い、ただ嵐のような快感に我を忘れて叫んだ。
「熱いっ……熱いよっ……」
「ヴィ……ヴィ……」
「もっと……呼んで」
「ヴィ……ヴィ、好きです」
「……あんたの水っ……ちょうだいっ」
 その瞬間、アンブロワーズのものがヴィの中ではじけた。
 
 興奮のあまり泣きじゃくるヴィの頭を胸に抱いて、アンブロワーズは決意した。必ずヴィの呪いを解く方法を探し出す。この国の中でだめなら隣の国、それでも駄目ならまた隣の国、そうやって捜せばきっとこの呪いを解く力のある魔法使いがいるだろう。
 もし解けなくても……ヴィのことは一生守る。自身をクルミの木だと信じるアンブロワーズにヴィがしてくれたのとそっくり同じように、いや、それ以上に守る。
「ヴィ、この国を出ましょう。一緒に来てくれますね」
「うん。あんたと一緒に行く」
 
 やがてアンブロワーズの熱もさがった。ヴィが稼いだ金は全て呪いを解くために使ってしまったが、アンブロワーズが小屋の中にわずかに残った金目のものと衣服をひとつの包みにして背負った。ヴィは何も持たず大きな布に身を包んだ。
「ヴィ、行きましょう」
「うん」
 
 こうして自分をクルミの木だと信じる娘と、仕える主を捜す騎士は、手に手をとって森を抜け、どことも知れぬ広い世界に旅立っていった。
 
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(1~3までの)あとがき。すみません。(誰に言われたわけでもないけど)名ばかりの一部R18サイトなのが申し訳ないので、やっつけでなんちゃってファンタジーを書いてみました。ノア(クルミ)とヴィ(命)はフランス語ですが、実はノアってば女性名詞なんだ……。あと自分で書いておいてなんですが、ヴィが国を出てしまったのでサービスしてもらえなかった魔法使いはちょっと可哀想だと思いました。私は恋愛の障害としての人外設定に萌える性質なのでもしかするとシリーズ化するかもしれません。タイトルに「呪いがいっぱい」とつけておきながら呪いひとつ使いまわしただけだし。そして呪いを「のろい」と読むか「まじない」と読むかはお好みでどうぞ。→追記・続きアップしました
 
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