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(あのお話とあのお話の後日譚です。種明かしは文末にて)
 
■始業15分前
 
「うさちゃんっ!」
 気まずい月曜日の朝一番、オフィスに足を踏み入れたとたん手首を掴まれた。
「ちょっとだけいいかな」
 そう言った本田さんにひっぱっていかれたのはパーティションで囲まれた打ち合わせコーナーのひとつ。入る前にちらっと後ろを振り向いたらす……じゃなくて高井さんがこっちを見ていた。実際は他の人にも思い切り注目されてたけど、私は高井さんだけを見た。そして高井さんは私と目が合ったとたんにすっと視線を自分の机に戻した。
 そんな甘えを許してくれない人なのは分かってるけど、ちょっとだけ助けて欲しかった。でもこれは高井さんには関係ない、私と本田さんの問題だから私がちゃんとしなくちゃいけないんだ。
 
「ごめん。彼女が出来た」
 本田さんはそう言って頭を下げた。唐突すぎて返事ができなかった。どうして私にごめんなんですか、とか、よかったですね、とか、何か言ってあげればいいのだろうけど口から出たのは何ともいえない相槌だった。
「はぁ」
「決してふたまたとかじゃないから! うさちゃんに振られてからの急展開だから!」
 真っ赤になった顔を上げていいわけをする本田さんを見てたら、おかしくなった。何だかとっても本田さんらしい。
「別に気にしませんよ」
「うん。でも課の皆に土曜日のこと色々聞かれたら、きっぱり振ったって言っちゃっていいからね」
「映画見て帰っただけって言えばいいじゃないですか。本田さんが彼女のノロケでも話せば皆すぐ忘れちゃいますよ」
「うさちゃん、大人だな」
 感心したようにそう言った本田さんの顔を見て、とうとうこらえきれずに笑い出してしまった。本田さんも照れたように笑った。
「いや、いきなり俺が態度変わったらうさちゃん気にするかなと思ってさ。俺もう大丈夫だから」
 笑いながら私は本田さんが一部の顧客にすごく可愛がられているという話を思い出していた。この不器用さが誠実に感じられて、口のうまい営業が嫌いなお客さんには受けるらしい。何だか分かる気がした。
 
「気にはしないけど、ちょっとほっとしました」
「それから、これ」
 本田さんが上着のポケットから茶封筒を取り出した。
「この前のお茶代」
「えっ、いいですよ」
「よくないよ。無理やり誘っちゃったからこれだけは出させて」
「いえ、本当にいいです」
 押し問答をしていたところへ、高井さんが現れた。
「本田、宇佐美さん、そろそろ朝礼が始まる」
「じゃ、そういうことでっ」
 本田さんが茶封筒を私の方へ押し出してさっと立ち上がり、止める間もなくいなくなった。
 
「どうしよう」
「どうした?」
「本田さんがお茶代を返すって。でも受け取れないですよ」
 高井さんが軽く溜息をついた。
「いったん受け取って本田の顔立ててやれば。後で映画の礼だとでも言ってチョコか何か渡せば受け取るんじゃないか。あいつ甘いもの好きみたいだから」
 ああ、また要領が悪いと思われた。しゅんとしてのろのろと椅子から立ち上がった。高井さんがそんな私の耳にひとこと囁いた。
「あなたが迫られてるのかと思って心配した」
 
 それって、それって――助けに来てくれたってこと?
 
 問いかける暇もなく高井さんもいなくなってしまった。
 私も早く戻らなくちゃ、朝礼が始まっちゃう。頬の熱、早く引け。
 
end.(2009/12/23)
 
あとがき。ということで「胃痛の原因とその治療【R15】「助走のおわり【R15】の後日譚でした。「胃痛」で本田さんは当て馬で終わりましたが、彼だって彼の人生では主役なんだよというつもりで書いたのが「助走のおわり」です。ずっと書きたいと思っていた後日譚もようやくかけました。

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