ソロモンの指環 side M  1 2 3 - side O  1 2 3  シリーズ目次 単発作品一覧 サイトトップ
【R15】(15歳未満の方は閲覧をお控え下さい。なお主人公は18歳以上です。)→ガイドライン
 
【side O・3】
 
 教師としても、男としても最低だ。避妊もせず抱いて、あげくに泣かせている。
「友木のせいじゃない。お前は悪くない。全部俺の責任だ。泣かないでくれ」
「違う。私が先生を誘ったの。ごめんなさい」
「俺は大人で、男で、教師だ。俺が自制すれば済んだ。すまない、友木の高校生活を台無しにした」
「そんなことない」
 友木は否定したが、こんな場所で教師に抱かれた初体験がいい思い出になる筈がない。
 全て夢中でしたことではないのが、余計に俺の罪を重くしていた。既成事実を作れば友木を手にいれられるという計算があったことを告白したら、友木は俺を軽蔑するだろう。最低だ。
「すぐ病院へ行こう。避妊してない。今からでも薬を飲めば」
「大丈夫です」
「そんなわけないだろう」
「大丈夫なんです」
 友木の頑なな口調はそれ以上の説明を拒んだ。たとえ納得のいく説明をされたとしても、100%の避妊がない以上万一の可能性は結局残る。自分が納得するだけのために友木を今ここで問い詰める意味はない。
「何かあったら必ず責任はとる。……親御さんに、本当に申し訳ない」
「親は関係ありません。自分の意思でしたことです」
 友木が濡れた目に力を込めて言った。その言葉こそが友木の幼さを露呈していた。キスでこの生意気な口を塞げたらどんなにいいか。見た目はもう大人と変わりない、でもまだ中身は追いついていない。先輩教諭の忠告を聞き流した自分の愚かさを思い知った。
「友木は未成年だ。俺の生徒だ。親は教師を信頼して子どもを預けるんだ。俺はその信頼を裏切った」
「先生、生物の驚異は行為とその結果だけなの? 教師とか生徒とか関係なく、誰かをどうしても好きになってしまうことは驚異じゃないの?
 先生はっ……私のこと、」
 言いかけた友木の口を手で止めた。友木の純粋な好意を計算ずくで汚したことを、ずっと好きだったという言葉でごまかすことはできなかった。
「人間は社会的動物だ。社会にはルールがある。好きとか嫌いとかは関係ない。これ以上過ちは犯せない」
 友木は俺から後ずさり、自分の両手で目と頬の涙を払った。
 
 それから部屋のエアコンを入れ、家庭科室の乾燥機を動かして友木の服を乾かした。深い後悔に沈みながらも、友木の全てを思わずにはいられなかった。二度と許されないという思いがさらにそれを忘れがたくした。
 そういえばお互いに言葉で気持ちを伝えなかったな、と今更気づいた。
 
 友木は乾いた服を抱えて理科準備室に入り扉を閉めた。閉まったドアの向こうから低く嗚咽が漏れてきた。
 どうしようもなく好きなのに、伝えられない。「言葉にできないことを……どんな言葉で伝えられるんでしょうか」いつかそう訊かれた問いの答えはまだ見つからない。
 
 やがて友木は涙を乾かして扉を開けた。その姿に腕の中の空虚が疼いた。
「先生、もうあと3ヶ月で私は卒業するから……いなくなるから。さっきのことは忘れてください。お願いです」
……ああ」
 忘れられるわけがない。それなのに俺はそう答えていた。それが友木の願いなら従うしかない。責任を取ると言い張ることは、それこそが自分の願いだと分かっているだけにできなかった。
 家まで送り、別れ際に一言「結果だけは教えてくれ」と言った。
 
 モルは翌日の昼には元気になっていた。モルの病気がなかったら……そう思っても俺はあの出来事が全て起こらなければ良かったとは思い切れなかった。
 それからはできる限り友木との約束を守った。せめてあと数ヶ月、学生生活を普通に送らせてあげたかった。
 一度だけ友木が「大丈夫でした」と告げにきた。「そうか」と答えると、友木は一度眉根を寄せて、そのまま目を伏せた。
 
* * *
 
エピローグ
 
 卒業式が終わった。正確には三月三十一日までは卒業生も五光学園の生徒だが、もう学校に来ることはない。今日が最後だ。
 何の約束もなかったが理科室で友木を待った。会えなければそれだけの縁だ。でも必ず会える予感がしていた。
 やがて、ドアノブを静かに回し、友木が一人で入ってきた。
「夏野先生、お世話になりました」
 笑顔でそう言った友木は下を向いて小さく肩を震わせ、そのまま顔を上げない。上履きに涙が落ちた。
「真知」
 ずっと呼びたくて呼べなかった大切な名前を口にした。震える肩を両手で掴むと、友木がゆっくりと涙で濡れた顔を上げた。
「結婚を前提とした真剣な交際を申し込みたい」
 
 友木は口を開けてそのままの表情で固まっていた。先走りすぎたかと慌てて言葉を足した。
「今すぐ結婚してくれと言ってるんじゃない。そのっ……ゆっくり考えてもらってからで構わないっ」
 返事の代わりに、友木はあの時のようにためらいもなく俺に体を預けてきた。いつかと同じ花の香りを、深く吸い込んだ。とたんにキーキーキーとモルが騒ぎ出した。俺は思わずくすっと笑った。
「モルが怒ってる」
「モルが?」
「妬いているらしい。続きはこっちでしよう」
 俺は友木の肩を抱いて、理科準備室の扉に手を伸ばした。
「先生」
「もう先生はやめてくれないか?」
「何て呼べばいいですか?」
「真知が考えてくれ」
……じゃあ、『欧士さん』」
 頬を染めてそう言った友木があまり愛らしくて、慌てて扉を押し開けたら、跳ね返ってきた扉に叩かれてよろけた。  
 
side O end.(2010/03/13)
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2011/06追記)番外編「クローバーの指輪」アップしました。
 
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