フライディと私シリーズ第五作
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(現代・外国・非日常・20代男×10代女/原稿用紙49枚)
※シリーズ第一作のネタばれを含むため第一作「フライディと私」読了後の閲覧を強く推奨いたします。
 
プロローグ
 恋人同士の会話なんてものは、だいたい他人が聞いてもろくでもない内容と決まっているが、本人達はいたって真面目だったりする。
「ねえ、ロビン。どうして僕の恋人でいてくれるの?」
「フライディは数学の宿題手伝ってくれるから。あとキスだけは上手いから」
「どうして僕は君にこんな扱いを受けるのが嬉しいのかな」
「フライディの頭がおかしいからじゃないかな」
「あんまり生意気ばっかり言ってるとまたくすぐるよ」
「絶対だめっ」
 きっぱりとそう答えた彼女は、定位置である恋人の膝の上から、少しためらいながら質問を投げかけた。
「ねえ、フライディは? どうして私の恋人でいるの?」
 人の悪そうな微笑を浮かべて彼女を見下ろした恋人が、嬉しそうに答えた。
「僕の頭がおかしいからじゃないかな」
「もおーっ!」
 
 この二人がお互いを『ロビンソン・クルーソー』の登場人物の名前で呼び合うのは、二人が出会った特殊な状況の名残だ。ロビンの本当の名前はキャサリンで、親しい人は彼女のことをキャットと呼ぶ。まだ学生だ。最近やっと17歳になったばかり。
 彼女より七つ年上のフライディは親しい人からはチップ、親しくない人からはチャールズ王子と呼ばれている。キャットと出合った頃のチップの仕事は兵役中の軍人だったがその後で予備役になったので、現在の仕事は王子だ。仕事という言い方はおかしいかもしれないが、それは社会の一員としての公の立場であり、生活の手段でもあり、時に他の全てに優先する逃れようのない義務だった。
 
1.
 ということでキャットが楽しみにしていた連休に、チップは予定を変更して公務を入れた。海外企業の工場誘致のため、視察団を王子自らアテンドするというものだった。今まさにテレビの中でチップは姿勢よく立ち、飛行機から降りてくる女性の魅力的な足を熱心に見上げ(キャットの視点では)、相手の到着を待ちかまえていた。食い入るようにテレビを見つめるキャットに、年上の友人であるベスが後ろから声をかけた。
「残念だったわね。せっかくキャットがお休みなのに」
「しょうがないよ。お仕事だし」
 キャットはテレビから目を離さずに答えた。ちょうどチップが最後の数段を降りる女性の片手を預かり、手の甲にキスをしたところだった。
「本当ならベンがエスコート役の筈だったんですって。でも確かに、あの兄弟の中ではチップが一番ああいうのは得意よね」
「エドは?」
「エドのエスコートはまだまだぎこちないのよね。最初のころよりはずいぶんましになってきたんだけど」
 ベスの声が柔らかくなった。キャットは後ろを振り向かなくても、きっとベスは微笑んでいるだろうと想像がついた。
「キャット。昔のアルバム持って来たけど、一緒に見ない?」
 ニュースが終わったのを見計らってベスがそう声をかけた。キャットがテレビを消し、ベスがテーブルにアルバムを積み上げた。
「これが赤ちゃんの時のチップと私」
「わぁ、可愛い。どっちがどっち?」
「その天使みたいな方がチップで、機嫌の悪そうなのが私。きっとこの時からもう私、チップと一緒に写真を撮られるのが嫌いだったんだと思うわ。自分より可愛いおない年のいとこなんて最悪よ」
 そう言いながらベスがページをめくっていった。
「これは小学校の頃」
「これがチップ? 女の子に人気ありそう」
「この頃から人気だけはあったわね。ここに写ってる私以外の女の子全部とキスしてた」
「げっ」
 キャットは変な声を出してしまった。チップのキスが上手いのはそんなに昔からだったのかと思いつつベスに訊いた。
「どうしてベスとはしなかったの?」
「私がしてって言わなかったからだって。してって言われたら誰とでもキスしてたのよ。言う方も言う方だけど、する方もする方よ。博愛主義にも程があるわ」
「ベスはチップのことが好きじゃなかったの?」
「どちらかといえば大嫌いだったわ」
 ベスの声は普段から落ち着いたアルトだったが、そう言った時の声は五音ほど低かった。
「私を誰でもいいから王子の一人に嫁がせるという話は生まれたときからあったのよ。私達の意志とは全く関わりなく。そのせいで余計に嫌いだった。結婚しなくて良くなって、ようやく私達少し仲良くなれたのよ」
 そこでベスが一旦言葉を切り、声のトーンを戻して言った。
「私ね、本当は相手がベンだったらいいなって思ってたの。でもベンは私のこと妹だとしか思ってなかったみたい」
「ふ、ふーん」
 キャットには、ベスならこの兄弟じゃなくても他にも選択肢はいくらでもあっただろうにと思えたが、そんな失礼なことは言えなかった。チップの周囲にはキャットには分からない理屈で動く人々がたくさんいた。
「エドは?」
「全然考えたことがなかったの。年下だったし、上に三人もいたから。でもエドから申込を受けて……ずっと私のことを見てたって言われて、それから好きになったの」
 後半は消えそうな声でそう言ってベスが赤くなった。自分より七つ年上のベスを、キャットはとても可愛らしいと思った。そして自分までなんだか胸がいっぱいになった。
「ベスって可愛い。私ベスのことが大好き」
 キャットがそう言ってベスにぎゅーっと抱きついていたら、部屋のドアが開いて誰かの声がした。
「ロビン、抱きつく相手を間違えてない?」
「フライディッ!?」
「ほら、おいで」
 まるでペットや子どもに向かってするように恋人が両手を広げてキャットを促した。キャットは素直にベスに回した腕を解いて部屋の入り口まで走っていき、ぽんと踏み切ってチップに飛びつくようにジャンプし、しっかりと腕に受け止められた。ベスはそんな二人を見てこっそりと微笑を浮かべた。
「お仕事だって言ってたじゃない」
「うん、まだ仕事中。一行がホテルに落ち着いたところだから、ちょっと抜けてきた」
「口紅」
 そう言ってキャットは眉をひそめてチップの頬をこすった。
「可愛いね。妬いてくれてるの?」
「みっともないから取っただけ」
「挨拶の時ついたんだ。妬くならここについてた時にしてくれよ」
 そう言ってチップが挨拶にしてはしっかりとしたキスを始めたので、ベスは肩をすくめ背景になりきってアルバムを積み上げた。
「ベス? つまらないものをキャットに見せるなよ」
 ようやくキスを終えたチップが、ベスがしていることに気付いてそう声をかけた。
「キャットに、この際だからチップの悪行の数々をよく教えておいてあげようと思って」
「ベスってそういう子だったかな。なんだか僕の小うるさい弟に似てきたんじゃない?」
「あら、それは光栄だわ」
 仲のあまり良いとは言えないいとこ同士がにっこりと微笑みあった。間でキャットが困ったように二人を見比べた。
 
 今来たばかりだというのに、チップが時計を見て言った。
「そろそろ戻るよ。レセプションの後のパーティーには来るんだろう、ベス」
「ええ。キャットも一緒に」
 ベスが澄ました顔でそう言うと、チップが目を楽しそうにおどらせた。
「エスコートは?」
「誰がいいかしら。エドの友達に頼んでみようかしら……歳も近くて話が合うだろうし」
 ベスが最後のところで少し声を大きくした。チップがわざとらしくにっこり笑って言った。
「ベス、僕への嫌がらせにしてはやり方が下手だな。それにキャットはあまり慣れてないんだから、知らない人のエスコートじゃ可哀想だ。ベスのエスコートをベンに頼んでおくから、キャットのエスコートはエドにしろよ」
「ええっ!?」
 ベスが不覚にも赤くなった。エドがベスの恋人で最愛の人だ、もちろん。……でもやっぱりベンはベスの憧れの人のままなのだ。フライディはその様子を見て満面の笑みを浮かべた。
「決まりだな。じゃあロビン、君をエスコートできないのはとても残念だけど、ドレスアップした君に一目でも会えるのを楽しみにしてる」
 そう言ってフライディは恋人にお別れのキスをすると、まだ顔の赤いいとこにもう一度にやりと笑ってから部屋を出て行った。
 
「チップとキャット・2」
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