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002◆優しい花(直接ジャンプ  ) シリーズ目次
【PG12】(12歳未満の方は読む前にお家の方に読んでもいいか聞いて下さい) →ガイドライン
※泥酔描写および産婦人科関係のテーマが苦手な方は閲覧をお控え下さい。
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10.
 皆を先に帰して資料をまとめていたら、津野が現れた。
「お疲れ」
「びっくりした。どうしたのよ、直帰じゃなかったの?」
「うん、一度帰った。メシまだだろ?」
 そう言った津野が、なにやら包みを差し出した。
 
「何これ?」
「夕飯。作ってきた」
「はあっ!?」
 津野はにこにこして言った。
「いや、プロポーズの時に斉藤の料理が好きって言っちゃっただろう?全然家事しないと思われたんじゃないかと心配になって、俺の料理も味わってもらおうと思って持って来た」
「そんなんじゃないわよ」
「それに、妊娠してるならちゃんと食べないと体に悪い」
 いらないとつっぱねてちゃぶ台でも返したい気分だった。が、にこにこしてる津野の顔を見たら怒れなくなった。何も感じない奴じゃない。きっと色々感じた上で、私を説得するチャンスは全て拾うつもりでにこにこしてるんだ。
「津野はもう食べたの?」
「これ二人分なんだ」
 私が譲ったのがそんなに嬉しいのか、津野が一層にこにこしてそう答えた。
 
11.
「美味しい」
 津野の料理は本当に美味しかった。手が込んでるわけじゃないし、見た目もそんなに飾ってないけど、普段作りなれてる人が作る家庭の味だった。
「やっぱり俺達って食べ物のセンス合うよな」
「都合のいい解釈だなぁ」
 私は苦笑したけど、それが事実なのは私にも分かっていた。会社の近くの店の味、飲み会の時のつまみのチョイス、もちろん何もかもが同じなわけじゃないけど今まで津野が美味いと言ったものはたいてい私にも美味しかったし、その逆もまた然り。
「食べ物の好みとか、変わったのか?」
「すっぱいものが食べたくなったりはしてない。本当にまだ分かんないんだからね」
「自分で検査したのか?」
「うん。陽性だった」
 津野の手料理を食べながら、淡々と会話を交わした。食べ終わった後、私の仕事を手伝ってくれて、一緒に戸締りをして帰った。家まで送ると言われたけど断っていつもどおり駅で別れた。
 
12.
 津野は宣言したとおりに翌日仕事が終わってから産婦人科に付いてきて、待合室で妊婦雑誌を読みながら過ごし、診察室まで一緒に入った。内診室にも付き添おうとしてこれは看護師さんに止められた。
「検査の結果は陽性ですが、まだ胎嚢(たいのう)も心拍も確認できないのでごく初期の段階だと思われます。子宮外妊娠の可能性もありますので、異常を感じたらすぐに来院して下さい。何もなければまた一週間後に来て下さい」
 覚悟はしていたつもりだったがやはり血の気が引いた。津野は私よりもずっと真剣な顔で先生の話を聞いていた。帰り道で津野が言った。
「俺のつけ方が悪くて失敗したんだったらほんとごめん。あと、簡単に産め産めいってごめんな」
「どうしたの急に。それに津野のせいじゃないよ」
「雑誌見て怖くなった。それに医者が子宮外妊娠って言ったから」
「可能性もあるって言っただけでしょ」
 私がそう言うと、いきなり津野が私を抱きしめた。道端でやめて欲しい。
「産んでほしいとは思ってるけど、できるだけお前を説得するつもりだけど、最後はお前の体のことだからお前が決めていい。その時はちゃんと書類書くから、他の奴になんか頼むな」
 決めていい、じゃないよ。元々私が決めるんだよ、そう言い返そうかと思ったけどやめた。
 
13.
 ある朝起きると胸がむかむかした。朝も昼も夜も続くむかむかの始まりだった。白いご飯が食べられなくなった。他にも色々。
「課長、最近ずっとサンドイッチですね」
「うん。なんか嵌っちゃって。毎日サンドイッチ」
「ああ、そういうことありますよね。私ドーナツ止まらなくなった時があって」
 そんな会話を交わしていたら、隣の島から津野の視線を感じた。津野には「夜でも昼でも仕事中でも関係ないから、もし体調悪くなったらすぐ駆けつけるから連絡しろ」と言われているが、もちろんそんな連絡したことない。きっと薄情な奴だと思ってるんだろう。
 
 仕事を終えてから二度目の病院。内診と超音波検査をして診察室に戻ると、先生が白黒のプリントアウトをくれた。
「ここに胎嚢が確認できました。まだ心拍は確認できませんが正常妊娠で間違いないようです」
 津野の大きな溜息が狭い診察室に響いた。
「妊娠の継続を希望されてますか?」
「いいえ」
「はい」
 私と津野の正反対の返事が重なって、お互い顔を見合わせた。先生は私達のどちらとも目を合わせないようにして言った。
「次の診察は二週間後です。お二人でよく相談して下さい」
 
14.
 病院が終わってから津野がゆっくり話したいというので、津野の家に行った。2DKの賃貸らしいマンションだった。
「お邪魔します」
「どこでも好きなとこに座って。お茶?コーヒー?」
「水でいい」
「水でいいの?水がいいの?」
「水がいい」
 そう答えると、津野が自分のコーヒーと一緒に私のための水を持ってきてくれた。ありがたい。
「氷とかないの?」
「妊娠中は体を冷やす冷たい飲み物は良くない」
 うわっ、めんどくさっ。そう思ったのが顔に出たのだろう。津野が真剣な顔で言った。
「よく知らずに産めとか言って悪かったと思って、勉強した」
「しなくていい」
「どうして産みたくないんだ?」
「結婚したくないから。一人で子どもを育てる気もないから。私あの会社で次長か部長くらいまではなりたいし、定年まで働くつもりだから」
「俺と一緒に育てるんじゃ駄目なのか?俺と結婚したくないだけ?」
 
15.
 こんなに優しい津野を、私は話すたびに傷つけている。
「誰とも結婚するつもりないの。あの時は避妊もしてたしまさか子どもができるとは思わなかった。ごめんね。……私ね。結婚してたことあるの。離婚する時にもう二度と結婚なんてしないって決めたの」
 
 あの人は大学の先輩だった。何度目かのデートで卒業したら嫁に来てくれと申し込まれて受けた。就職活動をしなくて済んでラッキーなんて思ってた私は、結婚こそ大きく人生を変える転機だという覚悟がなかった。
 結婚前に何か違うような気はしてたのに、20歳そこそこの私は全てをチャラにする勇気がなかった。そしてそのまま結婚。まあ多少マザコンで多少自分中心な人ではあったけど、それなりに仲良くしてたと思ってた。
 
「ある日突然夫の母親がやってきて、三年経ったのに子どもができないから離婚するか愛人に産ませろって言い出したの。お前ら江戸時代の人間かよ! って思ったけど夫の顔みたら平然としてたんだ。この人は毎日私の隣で寝てたのに『三年経ったからそろそろ離婚だな』って思ってたのかと思ったら何を信じていいのか分からなくなっちゃって。実家は実家で、出戻りなんてみっともないから帰ってくるなとか言うし、もう結婚とか家族とか関係なく一人で生きようって決めたの」
16.
「俺は」
 私の話を聞かなかったように津野が話を始めた。
「お袋が高校の頃に死んで、親父と二人だったんだ。就職して三年目に親父が倒れて、一年ちょっと寝込んでやっぱり死んで、それからずっと一人なんだ。
 親父の世話は色々大変でよくケンカしたし、ほんとに早く死ねって思ったこともあったけど。家族でしか通じない冗談とか、俺が小さい頃の話とか、お袋の話とか、そういうの話す相手って親父しかいなかったんだ。誰かが死ぬ時ってそういうの全部一緒に持っていかれちゃうんだよな。
 だから俺はまたそういう家族が欲しくて、相手はお前がいいと思ってた」
 
 どうして私なのよ。泣けたらいいと思うのに泣けなかった。でも津野の話はまだ続いていた。
「でもさっきのお前の話を聞いて、俺の考えを押し付けちゃいけないって思った。子どものこともお前がどうしても嫌なら諦める。お前、最近なんか痩せてきちゃったし、具合良くないんだろ。無理言ってごめんな。結婚したくないのも分かった。だからもう、結婚してくれとか言わない。でも俺はお前の傍にいるし、お前が潰れたらまた介抱してやるし、病気になったら看病しに行く。介護経験者だから、自信あるよ」
「何言ってるのよ」
「……要するにお前が好きで一緒にいたいっていう、すごく単純なことを言ってるんだよ」
 津野が私にキスをした。私はキスに応えられなかった。結婚も子どものこともなければ津野が好きだ。単純なことが単純にいかないのは私達がもう大人だからだ。最初にこの人と結婚したかった。
 
17.
 そして二週間が過ぎ、私はまた津野の家にいた。津野は私に腕を回し、私はぐったりと体を預けていた。
 
 今日の検診で、妊娠反応が消えていた。おそらく初期流産。先生はよくあることと言ったが、私は声を上げて泣いた。そのまま泣き続け、津野の家についても泣き続け、ようやく落ち着いてきたところだった。自分でも、自分がこんなに取り乱すと思わなかったからどうしていいか分からなかった。津野はずっとついて慰めてくれた。
「私が要らないなんて言ったからばちがあたったの」
「珍しくないって医者も言ってたじゃないか。お前のせいじゃない」
「ごめんね、津野。津野の大事なもの預かってたのに」
「自然に起きたことだし。それより体調は?」
「大丈夫。ちょっと頭が痛いけど」
「ずいぶん泣いたからな。横になった方がいい」
 そう言って津野は私を抱き上げて、津野のベッドに寝かせてくれた。
「一緒にいて」
 そう言うと、津野はベッドに一緒に入って肩を抱いてくれた。私は泣き疲れて津野の腕の中でうとうとしはじめた。
 夢の中の出来事のように、津野のキスを受けた。何度も、何度も。愛してる、そんな言葉を聞いたような気がした。
 
18.
 目を覚ましたのは私が先だった。津野の頬に涙の跡を見つけた。
 私は一人で生きるなんて偉そうなことを言って、津野に頼りきって泣かせてもらった。津野を泣かせてあげる余裕がなかった。
 寝顔を見つめていたら、津野が目を開けた。私を見てゆっくりと笑顔になった。
「優花ちゃん」
「隆一郎。私はもう平気だから、今度は隆一郎が泣いていいよ。私に頼って」
 初めて名前で呼んだ。津野が私の頬に手を伸ばした。
「もう言わないっていったの撤回する。結婚してくれ」
「いいよ」
 考える前に口から言葉が出た。ぱっと顔を明るくした津野が私をぎゅうっと抱きしめた。
「ありがとう。ずっと前からお前は俺と結婚するって分かってた」
「何で?私だって今の今までそんな気なかったのに」
「俺の前で潰れた時から、お前が俺の前でだけ可愛かったから。愛してる、優花ちゃん」
「一つだけお願いがあるんだけど」
「何?」
「三十過ぎてちゃん付けは厳しいから、優花って呼びすてにして」
「優花。優しい花で優花、いい名前だ。よく似合ってる」
「いや、優れて美しいって意味だから。私、別に優しくないから」
「優れて美しく優しくて花みたいに可愛い」
 何、この人いきなりでれでれと。そう思ったけど、一人で泣いてるよりもずっと私の前ででれてる方がいいから。隆一郎がさっきの涙を忘れてないことも分かってるから。私達は色々を飲み込んだキスをした。
 
エピローグ
 津野は結婚してからすっかり腑抜けになった。これは私だけじゃなく職場の皆の一致した意見だ。かろうじて仕事だけは変わらずしてくれるのが救いだ。そして私は私で、津野に骨抜きにされたと評判らしい。情けないが自分でもそう思う。
 そして私は、例の人生最高を毎晩堪能させてもらっている。
 
end. (2009/01/24)
拍手する →おまけの別Ver.(2009/03/01) →番外編「家に帰ろう」(2011/01/24)
 
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