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行こう、城塞都市! 賭場

「明日は大事なミーティングだっていうのに、ここで一晩過ごす気だったのか?」
「見た目より大丈夫なんだ。ガウンは一リーブラで取り戻せるし、賭場で稼いだやつらがここを出るときリーブラを恵んでくれる予定だから心配しないで」
「――いいから来い。ガウンは取り戻してやるから」
 チップはハーヴェイをやや強引に誘い、行動をともにすることにした。

 いくら当人が気にしていなくても、友達を地べたに座らせたまま放っていくのはあまりに友達甲斐がない。ではここで彼に数リーブラ渡して別れたらどうか。ハーヴェイがそれを元手にもうひと勝負と賭場に逆戻りしたら今よりさらに悪いことがおきるかもしれない。

 それはともかくとして、ハーヴェイに出会ったことでチップはすっかりやる気を削がれていた。
「ここまでぼろ負けした姿を目の前にすると、さすがにちょっと運試しをしようかって気にもならないな。どうする、ロビン。おとなしく夕飯だけ食べて戻ろうか?」
 チップの問いかけにキャットは一瞬考えて答えた。
「今日じゃなくてもいいんだけど、どんなところか興味があるからちょっとだけ中が見てみたい。ここって普通のカジノみたいな感じ?」
 と、後半キャットはハーヴェイに向かって尋ねた。
「ここ以外知らないから普通がどんな感じかは分からないけど、薄暗くて皆が輪になって歓声をあげたりして、映画とかゲームに登場する賭場っぽい雰囲気づくりはかなりうまくできてるよ。あ、あと眼帯を付けたディーラーがいた」
「うわぁ、やっぱり見てみたい」
 キャットが許しを求めるようにチップの方を向いた。チップはハーヴェイの返事を聞いて、彼が普段からカジノに通い詰めたりはしていないようだと密かに安心していた。
「君がそう言うなら行ってみようか。ハーヴェイもいいかい?」
「いいよ。どうせこのぼろ布を返しに行かなきゃいけないし、案内するよ」
 ハーヴェイはそう言って先に立って案内した。
「賭場でスリ(ピックポケット)に気を付けて、って言われたんだよ。でも中世の衣装ってポケットないじゃん? どうやって気を付けるんだよ。俺はカンガルーか?」
 ハーヴェイがそう言ってはははと笑った。酔っぱらってるようなテンションだが、これが彼の常態らしい。
 チップがハーヴェイを無視してキャットに言った。
「君はもう気付いてるかもしれないけど、ファインアファインってサークル名をつけたのはハーヴェイだ。笑えないジョークが多いと思うけど無理に笑わなくていいよ、調子に乗らせるだけだから」
 キャットは笑いをこらえて言った。
「フライディよりテンション高い人ってあんまりいないよね」

 賭場の前には分かりやすくサイコロを描いた看板が下がっていた。 
「やあやあやあ、ハーヴェイが帰ってきたぞ」
 元気よく口上を述べながらハーヴェイが入り口の扉を押し開けた。チップは殉教者のような顔つきで後に続く。キャットは幸いにして面白がるだけで済んだ。結局のところハーヴェイは自分の友達ではないので身内の恥という意識もあまりない。
 そして賭場の中はそれぞれの席がほどよく温まっていて、入り口でちょっと騒いだくらいでは注目も浴びずに済んだ。

 サイコロを振るディーラーと、それを囲む人の輪。トランプより厚く細長いカードを使ったゲームのテーブル。バックギャモンの盤を睨む人々。
 まだ煙草がない時代(ということになっている)なのでこういった場にありがちな紫煙はないものの、光量を落とした室内がなんとなく曇って見えるのは人の熱気だろうか。
「本当にお話の中に入ったみたい」
 キャットが嬉しそうに言った。それから隣のチップを見上げた。
「フライディはカジノ来たことあるんでしょ」
「あるね」
 チップが短く答えた。もちろんチップの知る正装して行く紳士淑女の社交場とここはだいぶ趣が違う。雰囲気としては軍人の集まるバーの方がずっと近い。
「君は初めてだよね?」
「うん。お父さんがギャンブル好きじゃないから」
 チップがちょっと緊張して言い訳した。
「僕もすごく好きってわけじゃないよ」
「別にお父さんギャンブルを憎んでるとかそういうことじゃないから、大丈夫だよ」
「本当? 娘のボーイフレンドがギャンブル好きだと印象が悪くなったりしない?」
 チップはキャットの両親と良好な関係を維持しているつもりでいるし、キャットはもう成人しているしそこまで気を遣う必要はないのだが、未成年の頃からキャットと付き合ってきたチップとしては今でも彼女の両親の意向が気になる。
「フライディの好きなギャンブルってお金賭けて勝ったり負けたりするとかじゃないでしょ」
「うん。まあ一番よくやるのは兄弟で公務を押し付け合うための賭けかな」
 キャットはそれを聞いて笑い、まだ心配そうな顔のチップの心配を解消しようと言い足した。
「お父さんはギャンブル嫌いっていうかやったことないんだと思うよ。若い頃にパンの作り方を教えてくれた師匠から『パンを売る以外のことでお金を稼ぐと、真面目に仕事に励む気が失せるから』って言われて守ってるみたい」
「そうなんだ」
「そういうことに使うお金もそんなになかったみたいだしね。そもそもお父さんパン作る以外のことわりと面倒がるし。賭け事につかうお金があったら小麦粉買ってたんじゃないかな」
 物静かなキャットの父親がうきうきと小麦袋を担いで家路を急ぐ姿を想像して、チップは笑った。
「じゃあ君も賭けるのは止めておく?」
「記念に一リーブラだけ賭けてみようかな。何か簡単なゲームってある?」
「クラップスかな」
 チップはサイコロを使ったゲームのルールを軽く説明をした。

 ぼろ布を返却し、入城時に借りたガウンを着て戻ってきたハーヴェイがチップに尋ねた。
「彼女は?」
 チップが答えた。
「勝ちすぎて終われないところ」
 テーブルの前に立ったキャットが困った顔をふたりの方に向けた。ハーヴェイが応援の拳を突きだす。
「女の子だし、素人っぽいから手加減されてるのもあるのかな」
「それはある。あと周囲の期待で止めるに止められなくなってる」
 ふたりとキャットに賭けた客が輪になって見守る中、ダイスがまた振られた。

「もう二度とクラップスはやらない!」
 数十倍に化けた硬貨の山を革の巾着に詰め込んでチップに押し付けながら、キャットが言った。
「さすがだね、ラッキーガール」
 口笛を吹いたチップが言った。
「運命の輪の下と上ってこういうのを言うんだろうな」
 下のところで自分を、上のところでキャットを差してハーヴェイが言った。
「全部使っちゃおう。ごちそう食べよう」
 落ち着かない様子のキャットはふたりに訴えた。

 あぶく銭を使い切るため三人は宮廷料理の店を選んだ。衣装のレンタルつきだ。キャットは髪を帽子の中にまとめて長い裾のドレスに、ハーヴェイとチップはタイツに鮮やかな色の絹の上着に着替えた。
 三人は陶製のカップを掲げた。
「何に乾杯しよう?」
 チップの問いかけに、陰気な声でハーヴェイが答えた。
「馬鹿げたタイツに」
「馬鹿げたタイツに乾杯」
 笑いながら三人はカップを合わせた。

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